近世演劇及び演劇資料におけるパターン利用の発想と方法

松葉 涼子

本論文は、近世演劇において、繰り返し用いられている演出を「演技パターン」と捉え、評判記、台帳などの文字資料だけでなく、浮世絵、絵本などの視覚資料をも視野にいれ、テキストとイメージの両方から、演技パターンが利用される実態を考察したものである。また、表現パターンの利用という観点から、絵画・演劇資料に表出する先行作の利用を取り上げ、絵画表現の成立、及び資料と興行との関わりについて具体的に論証している。内容をそれぞれ纏めると以下のようになる。

第一部では、歌舞伎評判記にみられる「やつし」の表記に着目し、演劇では舞台イメージが「やつし」の原拠となることを述べ、類型的な図様から内容を考えることの重要性を指摘した。また具体的に歌舞伎の独自の類型的構図がみらえる作品をとりあげ、その継承過程を明らかにしている。以上をもとに、第一部、第二部の論全体に関わる研究課題を提示した。

第二部は、『仮名手本忠臣蔵』十段目、「桂川道行」の具体的な二つの作品を取り上げ、先行する演技パターン、古典的図様を継承する部分と、作品に取り込まれたことによって変貌を遂げていく部分について確認した。

第三部は、江戸絵画史の創始期を担った、菱川派の劇場図について、その背景に彼らの版本制作が大きくかかわっていることを指摘し、パターン化された構図の成立過程と意義について論証した。

第四部では、先行作の利用という観点を軸に、絵入狂言本と絵入根本という演劇資料を対象として、資料と上演との関連について述べた。絵入狂言本については、対象とする演目が、「狂言取り・趣向取り」といい、先行作を利用して作られていた場合に、上演形態をそのまま絵入狂言本が反映させることについて触れ、部分的な場面の組み合わせによって成る元禄歌舞伎の性格について触れた。また、「弥作の鎌腹」の初演年次を再検討する上で、根本『忠心いろは四十七訓』の書誌的特徴を検討し、根本の内容が、先行する写本台帳の主要な場面をところどころ抜き出して纏めているものだということを明らかにし、上方における義士銘々伝のあり方について、今後の検討事項を整理した。

以上の検討を通して、演劇研究においての重要な課題であった「芝居の中身そのもの」を考える上で、「パターン」の利用を捉えることの意義について確認し、演劇研究における新しい視座を提示し得た。